11
ほんの一昔前はと言うと、
梅雨が明けたばかりという7月頭の頃合いは、
寒の戻りならぬ梅雨の戻りのような曇天が続いたりして、
始まったばかりな水泳の授業で寒い想いをしもしたというに。
この数年ほどは、これも地球温暖化の影響か、
今この気温だと8月はどうなるのだと案じたくなる猛暑が襲い来るのが
もはやセオリーになりつつあるようで。
それでもそれが夏という季節さと飲み込めるものなのか、
体力があって順応に富んだ若い人らは、
余りの熱気に噎せ返るような猛暑も何するものぞと街歩きに出てゆくから逞しい。
「お。」
「う…。」
仕事人という身だ仕方がないという人はさておき、
颯爽とした歩調のせいもあってか、さわりふわりと軽やかに揺れる髪も優しげに、
精緻に整った美貌を知的に冴えさせた、
何とも印象的で凛とした美女が、青々とした街路樹の下を歩んでおり。
すんなりと伸ばされた背条のしなやかさ、
ワルツのステップでも踏み出しそうな足取りの軽やかさへ、
擦れ違う人々は暑さも忘れてつい振り返るほど。
一応はスーツ風、袖はない内衣を羽織っているが、
大きめなのかそういうデザインか、
腰丈のそれ、時折 風を受けてばさりと裾がはためくのが妙に涼しげ。
膝丈のセミタイトなスカートも、
後背部のスリットは最低限のそれであるのに、
やたらと長い脚の引き締まりようや、柔らかそうなラインのせいか、
それとも気を持たせるような足運びの妙のせいか、
行き交う殿方のうち、暑さに項垂れているクチまでもが
そのせいでついつい目を止め、顔を上げる威力の物凄さで。
コツコツと軽快に舗道に足音を刻んでいたその足がつと止まり、
男勝りにも袖をまくったその先、嫋やかな腕を持ち上げて時間を確かめつつ、
方向転換を見せたそのまま踏み込んでったのは、モダンな内装のスタンドカフェで。
暑い屋外からのささやかな休憩とばかり、蓋つきカップを手に手に一息ついてる客らが、
やはり“おお”と目を見張って注目してくる中、
迷いのない足取りでカウンターまで向かうと、
制服のエプロンやバイザーが初々しい、バイトらしき十代の青年へ、
「クランチー アーモンド チョコレート フラペチーノ、トールで。」
他所ゆきのそれなら高めるところ、
やや低められた蜜をくぐらせたようなお声ですらすらとオーダーを口にする。
ホントは新製品の桃のフラぺチーノも飲みたかったんだけど、と、
天板に置かれたオーダーシートをつついたが、
今日はそれでいいということか、小首を傾げて雰囲気たっぷりに微笑めば、
「…こら、○○くんっ。」
うっかり見惚れておいでの青少年が固まってしまったのへ、
見かねた先輩らしい女性店員がしっかりしなと声を掛けたほど。
そんなカフェのお隣、
そちらもこの時期には繁盛しているちょいとおしゃれなアイスクリームのお店でも、
似たような空気が店員の皆様や居合わせたお客様らを呑んでいて。
やはりカウンター式の売り場にて、
シャーベットカラーのストライプもファニーな エプロンタイプの制服姿のお嬢さんが、
向かい合うお客様にやや圧倒されており。
威嚇的な装いでもなけりゃあ、迫力メイクの雌豹のようなおっかない雰囲気の姉御でもなく。
だがだが、その花のように麗しい顔容は
半端なモデルやアイドルが裸足で逃げ出すほどに整っていて。
メニュー表を見つめる伏し目がちになった目許は長い睫毛が印象的だったし、
さして化粧っ気を感じないのにすべらかな頬や通った鼻梁の白さは
十代の乙女が瑞々しさで張り合っても勝てるかどうかという蠱惑に満ちていて。
グロスなんぞに頼ってなさそうなしっとり潤んだ口許が
ぽつりと呟いたのが、
「ナッツとぅゆ…、あ違った。悪い、」
ついいつものを言いかかったという感じだったの慌てて打ち消すと、
うっかりしちまったと苦笑をしつつ、
「キャラメルリボンとベリーベリーストロベリーを。」
つややかなシルクのブラウスはシックなクラシカルスキッパー風。
柔らかそうな赤毛の裾を一房、くるりんとまとわせた細い首条を
広めに開けたその襟元から煽情的に覗かせている彼女だが、
男性がその色香に中てられるならともかくも、
応対に立っていた高校生らしい少女が
ニコッと頬笑まれただけで真っ赤になって硬直したほどのこの魅惑は何だろか。
「…△△ちゃんって女子高だっけ?」
「いやぁ、共学だよ?」
しかもカレ氏もいるはずだけどもねと、
それにしちゃあいやに初心な反応なのへ
遠目に眺めていたクチのバイト仲間の先輩さんたちが怪訝そうに囁き合ったが、
“いやぁ、このお姉さんじゃあしょうがない。”
すぐお隣に立ってたやはり先輩さんが、ありゃまあと同情気味にそうと呟く。
所作も声も控えめで、決して目立とうという意図あっての振る舞いじゃあないのに、
それでもこれほど印象的なご婦人で。
ただ美人なだけじゃなく、どこか頼もしいというか
女性に違いない嫋やかなキレイさんなのに、
ざっかけない素振りや口調に奥行きの深い人柄をそのまま感じてしまい
ああ何処へでも連れてってと総身を投げ出したくなる度量をたたえた不思議なお人。
「そのままでいいぞ、すぐ食べるから。」
「あ、あありがとうございましたっ。」
どこか上の空なまま、それでもルーチンワークの染みついた手はちゃんと働き、
少し大きめのアイスを二つ、指定されたカップへ盛り付けたのを手渡せば、
手慣れた様子で、スマホにての支払いをピポンと済ませたお姉さま。
このままではさっさと帰ってしまわれると妙に焦ったバイトのお嬢さん、
せめてと赤いプラスチックスプーンを手渡しかかれば。
動揺に震える手ごと そおと掴まれ、
「大丈夫か? 冷房効いてても熱中症にはなるっていうからちゃんと休むんだぞ?」
やんわりたわめられた青い双眸に見つめられ、
甘く低められたアルトで囁かれ、
「は、はひっ。」
口許パクパクさせて頷いたそのまま、気が付きゃその場へへたり込んでいたそうな。
一体どういう偶然か、
すぐのお隣同士という店舗にてそれぞれにそぉんな罪なお買い物をした二人の女傑。
浮足立ったありがとうございましたに送り出され、
買ったばかりのひんやりスィーツを一口堪能したそのまま、
これも気が合ってのことかお互いの方向へ視線を向けたその途端、
「げ。」
「な…。」
何でお前、何であんたがと、
苦手も苦手、爬虫類か芋虫でも見ちゃったというよな顔になった。
タイプの異なる、だが次元はどちらもハイクラスな美人のする顔じゃあないぞと、
それはそれで周囲に居合わせた人々がびっくりしたほどの引きようであり。
「行儀悪いなぁ、歩き食べ?
まああんたほどのおチビさんなら女子中学生に見えるから構わないかな?」
「自分だって似たことやってて言うかよ、それ。」
それとも自分の言動が把握できねえほど耄碌したか? ここんとこ暑いんからなぁ、と
アイスカップを手にしたマフィアの女傑が、
今日はフェミニンな装いなのに、それを玉なしにする顔つきで けっとそっぽを向けば。
「…あ。」
その視線の先に何か見つけたか、
歪ませていた表情がたちまちほころび、お〜いと手を振る。
すると
「あ、中也さんっ。」
わ〜いと弾んだ声と共に、白っぽい存在が雑踏の中から現れて。
この猛暑だからというたしなみか、
脇にマーガレットの造花をつけたカンカン帽をかぶった少女で、
そちらもまた、趣は違えどなかなかの愛らしさ。
亜麻色の帽子の鍔から覗く白銀の髪が、
所作に合わせてさらさら流れてそれは涼やかであり。
華奢な肩をくるんだ柔らかなパフスリープも可憐なワンピースは、
やや開いた襟ぐりの下、胸元にシャーリングの刺繍が入っている可愛らしいそれで。
更紗っぽい生地のスカートがふわりたなびき、
裳裾にぐるりと巡る、手描きのトルコキキョウたちが、
見ようによっちゃあ大人っぽいかも。
「おお、ポタニカル柄だな。」
「はい。谷崎さんとバーゲンに行ってひとめ惚れしました。」
細い肩紐で提げた革製の小さなバッグを
これも戦利品です、可愛いでしょうと見せる朝焼け色の瞳した少女へ。
よしよしという柔らかな視線と共に買ったばかりのアイスを差し出した、
そちらも麻のボレロと色を合わせた帽子をかぶっておいでだったお姉様が聴いたのが、
「芥川のもお揃いか?」
「双子コーデですvv」
アイスを受け取りつつ ふふーと楽しげに笑って、手をつないでいた連れを振り返る。
一緒に来た連れもまた、同じワンピースを着ていたが、
そちらは袖や裾へほのかにグラデの入った黒を差し色にしている微妙に色違いの品。
「本人ちょっと抵抗しましたが、
待ち合わせに遅刻するぞと言って無理から着せました♪」
まるで予防接種に連れて行かれる途中のわんこみたいに、同行自体へも抵抗していたらしかったが、
そんなことくらい何するものぞ、見かけに似合わぬ剛力娘の敦嬢が
えっへんと威張って視線をやったのは、
大好きな姐様とさっきまで睨み合ってた 背高のっぽな探偵社の先達女史様へで。
「じゃあな。太宰。」
俺らお先だと、
中也もまたいかにも捌けた男勝り丸出しの口調と所作で手を振って、
着いたばかりの愛し子と連れだってこの場から去ってゆく。
今日は非番だからとデートの予定だったらしく、
そんな彼女ら二組が同じ場所にての落ち合う段取りだったのは
果たして誰の画策かといえば。
「可愛いじゃないか、それ。」
「えと…。///////」
キミったらいつも修道尼の助手みたいな地味なカッコしかしないのだもの。
敦くんに頼んで正解vv
……☆
サイズ正確だったでしょ?
いくらルームウェアを借りっこしてたってこういうのまでは判らないかと思って教えといたの、
参ったかと、そんな言いようをするロン毛のお姉さまだったのへ、
ぽかんとしてから、
はあと肩を落とし、そのままもうもうと苦笑した、黒獣の姫だったのでありました。
to be continued.(18.06.15.〜)
BACK/NEXT →
*間が空くにもほどがあるほどバッサリと間が空きましたね
実は今もそれどころじゃないのですが、
ちょっと息抜きというかフラストレーションを吐き出すべくPCを開いてます。
後始末篇、またまた続きます。

|